* お話 *

>>> pink 

トレスの赤いパンツのすそを見つめながら、ゆっくりと 後をついてゆく。

街に出るときは、たいてい、SPに囲まれ、黒塗りの車。
自ら買い物になど、いくことは殆どないに等しい。
たいてい、だれかにお願いしたりしている。

  「カーヤのマグカップを買いたいのだけど・・・・・」
「それなら、ジプシークイーンが万引きしようとして、
アベルナイトロードに酷く怒られた店を知っている」
心なしか、半分呆れ顔でトレスは歩きながら、カテリーナにいった。
 「案内する」

そういうと、トレスは、石畳を普段のブーツのごつい音とは違い、 スニーカーで軽やかに歩き出した。
石畳をコツコツと、その後を追うようにして、カテリーナの ヒールの音がする。
しかし、スニーカーの足取りは普段のそれとは、少し違う。
いつもの足早な規則正しい足取りではなく、
次第にゆっくりと、あまり体力のない、カテリーナの足並みに 合わせてゆく。
二人の距離が少しちぢまった。

そして、少し路地を曲がり、あまり人通りの少ない小さな 店の前に二人はたどり着いた。
「ここだ」
トレスは、そのオープンカフェも兼ねた、小さな雑貨屋へとカテリーナを 案内した。

あまりにも、
チープなその店構えにびっくりしたし、立ち止まっている カテリーナに気づいたトレスは、
彼女のために扉を開け、
彼女を先に店内へとそっと、背中を押して入れてあげる。
平日の昼下がりとあって、店内は、あまり込んでいない。
もともと、小さな店なので、ヒトも入りにくい。
カフェでお茶をしているカップルが一組(といっても客席が5席ほどしかない)
店内は、ギャラリーも兼ねているようで、新進気鋭、売出し中の
アーティストの変わった作品や、絵、刺繍、編物など、なんでも置いてあった。
ロストテクノロジーの産物、「プラスティック製」のものや
「ビニル製」の物もあった。
カテリーナにとって、初めて見るに等しい「安い」商品であった。

そして、若いカップルが一組、お皿とキッチン用品を選んでいた。
3人組の10代と思しき女の子たちが、わいわいと
毛糸で出来たぬいぐるみを手に騒いでいる。
年配の品のよい婦人がお茶の茶葉を見て、うなっている。 店内は狭いので、なんだか、ごちゃごちゃだ。

そう・・・・・
14歳で大学院入りした。そして、あの「事件」がおきた。 それから、あっという間に、血統上の父が出来上がり、聖職者となる。
駆け抜けた時間、家族のように大切な人々ができたことは宝でもある。
でも、はたして、どうだろう。
ごくごく普通に、
彼女にとって、同年代の女友達に、買い物につきあったり、カフェでお茶、
・・・・そして恋したヒトとのちょっとしたデートなど、
殆ど無縁の世界に、自分はいた。そして、今もいる。

金をつかい、人脈を広げ、そして、目的を果たすことだけを、 復讐を果たすことだけに、集中してきた。
薄汚いことなど、考えずに、この目の前にいる、この店の客たちのように、 無邪気に、買い物なんてしたことはもちろん、なかった。
・・・これからもおそらくないだろう・・・・・・・・・

もちろん、スフォルッツア家の娘として、 このような「庶民」のくる店時代無縁なことでもあるのだか。

剃刀色の瞳は、その店内の客たちに注がれ、そして、少しさびしげに
うつむいた。
「私にも友人や、恋人がいれば・・・・・」 それは、無理な想像であり、過去でもあった。
残酷だ。
そして、目の前の小さな樹脂製の皿を手にする。 値段を見て、ある意味驚く。
「や す い・・・・・・・・」

ものめずらしい商品たちに、少しだけ、頬は赤く染まる。
そして、ひとつひとつ、そのやすさと品物の妙な感覚に カテリーナは、手にとって眺めた。
彼女が、手にとると、それはひとつの芸術品のようにみえなくもない。
 「ミラノ公・・・これだ」
抑揚のない声が彼女を呼んだ。
トレスは、マグカップが並んでいる棚の前でひとつのカップを 手にして、彼女を呼んだ。

トレスが手にしていたマグカップは、 メカの形をしたパンダの絵だった。
ショッキングピンクをしていた。

「ジプシークイーンが万引きしかけて、神父アベルナイトロードに 取り押さえられていたカップがこれだ」
トレスは無表情に言う。
一緒にいた、アベルは殆ど無銭で、代金を支払うことが出来ず、 店員に万引き未遂を平謝りしていたようだ。
カーヤは、カーヤで扇を広げて
「びんぼ〜♪びんぼ〜まずぅぅしさに負けた。いいえ世間に負けた♪」
と歌いだしていたらしい
そんな姿が目に浮かんだのか、カテリーナは、微笑んで、
「じゃ、これを頂きましょう」
というと、レジへ向かった。
カテリーナはプラチナカードを出す。あいにく、小銭は持ち合わせていない
そもそも、現金で買い物なぞ、殆どしないのだ

  あの・・・・お客様・・・・申し訳ありません、当店では、カードでの支払いは・・・・   プラチナカードを見て店員は目を白黒させていた。
 「えええ・・・・」
カテリーナの顔に恥ずかしさの表情が現れるや否や、 パンツの尻ポケットからトレスが小銭を出した。
トレスが支払いをすませる。
「ありがとう」カテリーナは言う。
 「無用・・・・・。
  卿が現金を持ち合わせていないことは、知っている」
抑揚のない声はそっけなく、しかもいつものことだ、というように そして、彼女に恥を欠かせないようにさりげなく行動した。

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