* お話 *
>>> pink
ピンク色のクマが大きな爪を立てて、笑っている。 そんなイラストの描かれたマグカップと、 クッキーの食べかす、チョコレートのかけら、 キャンディーの紙くずを テーブルの上から片付けようとして、気がつく。 「あっ」 マグカップにヒビが入っていたのだ。 二つにわれてしまった。 品のよい家具に囲まれたこの執務室には、似つかわしくないものばかりだ。 安物の、マグカップ。 しかもキャラクターの絵。 その持ち主、”ジプシークイーン”カーヤが 報告もかねて、カテリーナとお茶をしていたのだった。 用がすみ、食べるものをしっかりと食べると、さっさと 次の任務地へと出向いてしまった。 今日はもう、久しぶりに仕事が片付いてしまった。 本当なら、やるべきことは山積みになっているのだが、もう、帰りたい。 カーヤのお気に入りのマグカップを買いなおすことに決めた。 ロレッタに頼めば早いのだが、たまには、日ごろの気持ちも含めて 出向こうかと思い立ったのだった。 真紅の麗人。 街に出るのは、 当然だが、 法衣では目立ちすぎる。 黒いパンツ、白い麻の開襟のシャツに、ジャケットを羽織ると、 豪華な金髪を束ねた。 そして、茶色のケリーバッグを持つと、腕に金の小さなブレスレッドと、 同じ鎖の小さな時計をはめ、こざっぱりした服装になった。 靴をハイヒールに履き替え、部屋を出る。 はた、と思い、トレスを呼んだ。 クローゼットの中から、ひとつの包みを出した。 「トレス君へ(はぁと)」と書かれたその包みは、 有名高級ブランドだ。 そしてその包みにかかれた文字は、 丹精で小さくまとまっており、綺麗な文字だった。 「ボルジア卿からの贈り物よ」 麗人は、包みをトレスに渡すと、開けるよういう。 麻で出来たシングルボタンの細身のブルーグレーのジャケット。 「頬に両手を当てて雄たけびをあげる自画像」の絵の Tシャツは、太古の北欧の画家のリトグラフを プリントしたものだ。 真っ赤な細身のパンツはインチ、すその長さ共に トレスのサイズにあわせてあるところが心憎い。 そして、いつもブーツしかはかない彼のために、 緑色のスニーカーが一緒に入っていた。 すべて、春夏コレクション。 「・・・・・・・セール品半額ってところが、腹立たしいわね」 麗人は、形のよい眉を歪ませ、苦笑いを浮かべた。 アントニオからの贈り物に身を包むと、 いつもの僧衣とは、違って、 まだ、20才前後の学生のような印象を受けた。 「・・・・これは?」 トレスの無呆れ顔ともつかないような表情で見つめ返した。 カテリーナはジャケットのボタンを、 その長い指でひとつづつ丁寧に留めてゆき 口元に手を当てて、くすりっと笑った。 「今日は、もう、哨戒はありませんよね。 私につきあってくださるかしら?」 「・・・・・・護衛ならば、この服でなくてもよいはずだが?」 トレスは、紙包みをたたみながら 「アントニオより」と書かれた文字を複雑に見ていた。 包みのりぼんを巻き、テーブルの上へ置いた。 「街へ買い物にいくのよ。僧衣だと・・・・・」 カテリーナはバッグを持ち、楕円形の眼鏡をかけると、 「さあ、いきましょう」 と扉を開けた。 * next * |