初雪 

アベルとエステル


灰色の空の下、空気が透明度をましてゆく。
ちらちらと舞いだした雪の結晶に、石畳をける音は二つ。
大きな音をおいかけるように小さなヒールの靴音。

路地を曲がると
「あのお店です」アベルは少し離れたところを指差す。
しかし、エステルはそんなアベルの背中を憎たらしげに見つめて
自分のブーツの足元ばかりを見た。

「アベル神父様はいつも・・・・・・」

そう、こんな空気の澄んだ、雪雲に覆われた日に、必ず・・・・・・

「エステルさん?
・・・・さては、ひょっとして、あのお店に、こっそりとトレス君をつれて
おごらせたこととか、怒ってるんですか?」
「え?トレス君にそんなこと、させてたの?」
びっくりして顔を上げるエステル。頬が膨れている
「あわわああ、ち、なんでもないです」
あわてる、アベルを一瞥するとふうとため息をついた。
エステルは白いコートのポケットの手をぐっと握り締めて言う

「神父様は、いつも、雪が降るときに、カテリーナ様にお会いになりますよねえ」
「ん、そうかもしれません。なんだか、待っていてくださるような
気がして。その昔、小さな東の国では、初雪の降った日はというのは、大切な人と会うという
習慣があったそうですよ」
さらりといいながら、アベルは目的の店に向かって足を速める
  
  「とうとう、降り出しましたね」
アベルは
空を見上げた。

ちらちらと舞いだした小さな白い結晶がエステルの白いコートと同化する
アベルの黒いコートにも、茶色のマフラーにも、銀の髪にもすこしづつ、
ついては消えてゆく。


  「あ、?あの、えエステルさん??」
心なしかエステルの歩調がゆっくりになる。
  「ひょっとして、やきもち??」アベルは振り向いてにやりとする。
  「ちがいますってば」エステルの口調が怒っている

「エステルさん」
アベルは一息ついて言う
 「カテリーナさんは、ほらなんていうか私にとっては、幼馴染というか、
  大切な人なんですよ。
  カテリーナさんが昔、教えてくれたんです、この習慣を」

アベルはくるりと背中をエステルに向け、後ろで腕を組みながら、エステルの歩調に合わせて
言う。「カテリーナさんは、雪が降りそうな時間がわかるんですよ」

・・・それは、カテリーナ様のご病気が気圧や気象の変化で、といいかけてエステルは
口を噤む

時間。

そう、雪が降り出している。二人は歩いている。
アベルの瞳に、自分の知らないカテリーナとの月日が流れている、懐かしくも大切な年月が。
でも、こうして、この時間を、一瞬を共有しているのは、ほかでもない、
自分なのだ、そしてこれからも、おそらく、雪が降るたびに、彼はあたしと
一緒にすごしてくれるのだろう。
いや、彼がいやだといっても、あたしは

アベルの歩みが止まり、店の前につくと、
エステルの思考は甘い甘いバターと砂糖の匂いでかき消される。
こんなすんだ空気の冷たい日はとくに、甘い匂いが鼻腔に張り付く
アベルの大きな手がエステルの背中に回り入店を促す。
「きっと、私がエステルさんとこうして初雪のなか、お散歩しているように、
 カテリーナさんもトレス君と、雪を見ているんじゃないですか」
そう静かに言うと、
「さぁ、ケイトさんが新しいお茶のレシピを考えたそうですから、
 それに見合うお菓子を買いましょう、っていうか、買ってください」

アベルはショーケースの中のケーキを大きな背をかがめながら物色しだした
そして、エステルに聞こえるか聞こえないか、わからないように早口にいう
「今年もエステルさんと初雪が見られました。来年も、再来年も、見られますように」



2006/02/20
    
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