□ やくそく □
メアリとジェーン
秋は時間がたつのが早い。
もう、夕暮れ迫る時間。濃紺の夜の帳が下りる。
その夜と同じような色した、毛糸が、目の前にある。
提出は明日。にもかかわらず、机の上ではやわらかかったはずの毛糸の残骸が
スパゲッティのように、からまり、ぐしゃぐしゃになっている。
そして、かぎ針と、編み図。
メアリは、それにうんざりしながら、毛糸を解くのをやめて、
座り心地の悪い勉強机の椅子から、立ち上がった。
「入るわよ」
甘ったるい声がし、ジェーンが入室してきた。
ジェーンは、傍に立つと、にやりとわらった
「まだ、やってなかったの?」
「あ、うん」
メアリは静かに答える。
そして、もう一度、との絡まってしまって、どこから何目を編んでいたのか、
わからなくなってしまったその「作品」に目をやり、
仕方なしに本体の毛糸のかたまりをほぐそうとした。
ジェーンは、ニヤニヤしながら、
それを横目でみつつ、自分の持ってきた、仕事、といっても、
彼女は実は無類の読書好きだ、ということを他の人はあまりしらない。
あまりにも普段の生活態度の激しさにそのような、つつましい趣味があることをみな、忘れているのだ。
「ねえ。煙草、ちょうだい」メアリは、言う。
「やーね、私、未成年よ。もってるわけないでしょう」とジェーン。
「うそつけ」三日月の唇がにやりと動く。
メアリはジェーンの首から提げている、残りの毛糸で綺麗に細編みされている、
オレンジ色の小さな煙草の入った小物入れを指差した。
「ん〜」
といい、ジェーンは仕方なく、そのオレンジの小物入れを渡す。
煙草を取り出し、マッチをする。
初めての煙草だ。
「げほ、げほっ」むせる。
「あんた、なにやってんの?」
「こう、いらいらしたときって、大人は、煙草をすうわ」
こんなときのメアリは、とても、子供らしく見える。
「まぁ、貸しなさいよ。あ。煙草は、窓際ですってね、毛糸ににおいがつくわよ」
ジェーンは、にこりとしてメアリの格闘していたその毛糸をゆっくりとほぐしだした。
煙草を窓際の桟に押し付け、自分はこんなものは吸わないとココロに決めながら
窓を開けた。澄んだ空気が入り込む。もうすぐ、秋から冬に向かう。
「できたよ」
絡まった毛糸は綺麗にほどけている。
「しかし、せっかくの上等な毛糸もこれじゃ、やわらかさが全く・・・」
やわらかい指の腹でその毛糸を持ち上げるジェーン。
「・・・ねえ、約束しよ」
「なに?」メアリはジェーンの突然の申し出に目を向ける。全く、頭がよくて
育ちのいい子は、何を考えているのかたまに・・・・こんなに傍にいてもわからなくなる。
「お互い、困ったら、助け合いましょ」
「・・・・いつも、助けてるんですけど・・・・・・・・」
この間も、門限破りで一緒に叱られたし、数学の問題、解いてあげました、それから・・・
メアリは、ぶつぶつといいながら、ジェーンの指元を見つめる。
「やくそくだよ。あたしを助けてね」
にやりと笑いながら
「手始めに、これで今までのつけを返すわ」
「わかったわよ。やくそくする。」
窓際に座り込むと、メアリは、ジェーンが静かに編み物を始める姿を見つめて、
もう一度、口を動かした。
「やくそく、する」