□ 庭園 □
黒いカテリーナ。某国でテロ活動中。脳内同棲開始
路地を入り込み、突き当たると、いわれたとおり、大きなアーチ型の
古びた扉が見えた。
周りはレンガの塀に囲まれている。
自分の身長よりも高い塀。
扉の前にたち、かんぬきをはずさせ、入り込む.
ぎしぎしとさび付いた音。
玄関までは数歩。
テラコッタが敷き詰められ、左手に小さな花壇とバラの苗。
バラは葉がすでに初霜のせいか、枯れていた。
右手にはやはり、霜のせいで茶色になった芝生の猫の額のような庭。
母屋から出入りできるようになってはいるものの、本当に小さい。
すべて、滞りなく準備され、私たちはこの国にやってきた。
セキュリティ。安全という名の監視の下、私たちの生活がこれから始まる。
この静かな高級住宅街の塀の中で、護られながら、監視され続ける。
部屋に入ると、窓を開ける。
カビとほこりは芝生の空気と入れ替わる。ついたよごれまで落ちればいいのに。
リビングのソファは、あの男が選んだものだ。座ると身体にぴったりとなじんでくる。
マホガニー材のローテーブルにはグラスが二つと年代ものの赤ワインがおかれていた。
「あなたの住んでいた城に比べたら、不自由があるかもしれません。
それでも、あたたかくなったら、バラは白い小さな花弁を開き
芝生は青々と茂ることでしょう」
あの男のすきのない肉筆のメッセージカードを破り捨てると、
これから、生活する男の名を呼ぶ
「トレス」
カテリーナは足を組みかえると、テーブルを挟んでたっている男の顔を見上げ、
そして、目を閉じた。
枯れることなく咲く、四季折々の花。鼻をくすぐるバラの微かな香り。
庭師たちの絶えない笑いと、私を呼ぶ誰かの声。
この広い庭への賞賛。
初夏の風は私の麦藁帽子のギンガムチェックを揺らす。
「美しい庭園」
今の私には、たった一人の庭師と、真っ黒なベールの帽子。
鼻につんと、カビのにおいがまだのこっている。
そして小さな枯れた芝生の庭。
名前を呼ばれることなど、もうない。
それでも、今の私には、ここが庭園と呼ばずには、いられない。
「ミラノ公」
抑揚のない平坦な音が聞こえた。
2007/01/27