□ 二人で□
雨の中の庭駄文集
この山道や、足場の悪い木々の隙間を歩くことに苦労する。
編み上げのブーツはちょっとだけ、浮腫んできつい。
明け方早く、そう日が昇るまでに、出発して、山を越えて、
峠を越えて、朝がきたら、街へつく、
そんな予定で、歩き出した
足場はくらく、木の根っこがいっぱいはびこっていて、
まるで行く手を阻むよう。
雲の波から、朝日がのぼって、金色に輝いて、
それは、空の海。
それから、日差しがどんどん強くなって、
射すような光。
いくら、標高が高いとはいえ、暑い。
湿気がないだけましだ。
この山の上の草原を越えて山を下り、隣の街まで、
あと、どれくらいなんだろうか。
「エステルさん、歩けます??少し休みましょうか?」
アベルはそういうと、木陰へといざない
「あの・・・・・・・・エステルさぁん、私・・・・トイレに
いきたい・・・んです」
アベルは少し赤くなって、小さくつぶやくと、森の奥のほうへと走っていってしまった。
「もう、いちいちいわなくてもいいのに」
エステルはアベルの赤らんだ顔を思い出して、ちょっと笑ってしまった。
そして聞こえてくるのはせせらぎの音。
小さな川へと近づく。
大きな川へと流れ込む、源流なのか
本当にちょっと飛び越えるくらいの小さな川。
澄んでいて、岩がごつごつしていて、きっと沢蟹がいるかもしれない。
エステルは編み上げのブーツのひもを解き、
ガータストッキングを脱ぎ捨てて素足になると、川に足をつけた
足首くらいの水かさ
顔を洗ったり、水を飲んだりするにはちょうどいい、清流。
ひやりとして、身体の芯から冷えてしまいそうな水
だけど、浮腫んだ足にはここちいい。
水蘚やら石やら、岩がここちよく足の裏を刺激する。
そして手袋も脱ぎ、手で水を掬い上げる。
なんてつめたいんだろう。
口にふくめば胃の奥までも刺激されて、痛くなりそうなくらい
コイフも取り、顔を洗う。
「エステルさぁぁぁん」
アベルの声がする
「ここです、アベル神父様」
エステルは手をふる
エステルの真っ白い尼僧服も、水色のラインも、紅茶色の髪も
透き通るような白い肌も蒼い瞳もすべて逆光のせいなのか、
彼女の持つ輝きのせいなのか、アベルのひどい近視のせいなのか、
よく見えない
「冷たいですよ、神父様」
エステルはそういい、小さな手ですくった水をアベルへと飛ばす
アベルは脱ぎ捨ててあるブーツやらストッキングやら、コイフを
一瞥すると、自らもブーツを脱ぎ、靴下を脱ぎ、手袋をはずし、
ケープを取り、川へと入った
「気持ちいい」
どちらともなく言葉になる。
「神父様、人間って、15cmくらいの深さでも溺れるんですよ」
エステルはいたずらっぽく笑う。
「ええ??」
といった瞬間、アベルはつるりとすべり、しりもちをつく
「アベル神父様、僧衣、汚いし、全身、洗濯になりましたわね」
手を差し伸べたエステルの小さな掌をアベルはつかみひっぱりこむ
「私だけ、濡れるのもなんですから」
アベルはいじわるくそういい、エステルの手をつよくつかんだまま
離さない。
きゃっと小さく叫ぶと
エステルはアベルの胸の中、白い素足も長い尼僧服のスカートのすそも
水につかり、ぐっしょりと濡れる
だけど、つめたくて気持ちいい。
そして、
日差しを浴びて夏の光を吸収したアベルの真っ黒い僧衣が熱い。
でも、それは、日差しのせいなのか、アベルの決して分厚いとはいいがたい
いや、むしろやせぎすの胸板に飛び込んでしまって
心が熱くなってしまったのか。
気がつけば、せみの声
せせらぎの音
夏の日差し
そして、目の前には蒼い光と白い小さな手
しばしの幸福。
「エステルさぁん、あの、せめて、ストッキングくらい、
たたんでくださいよ・・・」
僧衣にしがみつき、立ち上がろうとするエステルの耳元で
アベルはぽつりと意地悪くつぶやいた