□ なく その1 □
自炊マタイとパウラ+エステル


7月になったというのに、肌寒い。
特警の制服をまとったマタイは、たばこを片手に、外へ出る。
ロンディニウムにきて初めての夏を迎えた。
夏と呼ばれる季節なのに、鉛色した雲と空。
時折、雨が降った可と思えば、急に晴れ渡る。
その光りも、また、すぐに雲に隠れる。
一日の気候をよむのに、苦労する。

宮殿から外へでて、近くの公園のベンチに座り込む。

このところ、ひどくくしゃみがでて、気がつけば目がうるんでいる。
かゆい。
風邪なのか?と思いきや、芝生が青々と茂ってくるにしたがってひどくなる。
芝生アレルギーのようだ。

はぁ・・・・・・
これじゃ、目が・・・・真っ赤みたいだ。

まぶたを下げて、赤みを帯びてしまった白目の部分をみて 愕然とする。かゆい。アレルギー性結膜炎だ。
涙が出てくる。
くしゃみもはなみずも。


   「大丈夫ですか?」
見上げれば、紅茶色の髪。
エステル・・・・いや、クイーンエスターだ。
深い、黒に近い緑色した木綿の長袖のワンピース。真っ白い丸襟。カフスも真っ白い。
それだけでは、まだ、寒いのか、生成りの麻素材のボレロを羽織っている。
手に、ボレロとおそろいの小さな布のバッグを持っている。 麻に、赤い糸でクロスステッチの模様が施されている。花のように見える刺繍。
上品な紅茶色の髪は、ふさふさと揺れている。
クラウンが載っていない彼女を見るのは久しぶりだ。
その服装は、街で見かけるごく普通の少女たちと同じように見える。

そして、後ろから、オリーブグリーンの地味な色のかっちりとした スーツに、真っ白の麻の開襟襟のシャツ、膝丈のタイトスカート、 ピンフィールの女性パウラが静かに立っている。
潤む目をまばたきさせて、二人を見つめ、マタイはベンチから立ち上がる。
   「おはようございます。陛下」
マタイは、頭一つ分下のエステルに向かって朝の挨拶をする。

   「あの・・・・なんだか、風邪を引いてるようにみえたので・・・・」
エステルは緊張気味に、話す。
この小柄な女性が、人類を導いている盟主かと思うと、いまだに 信じられないというのが、本音ではあるが、なにかしら、ひきつけられる
その存在感は、彼女の持つ「星」を意味する名前なのだろうか。
気がつくといつものように、手を顎にあてて、考え込んでいる自分がいる。

「くしゅん」

   「あの・・・・マタイさん、今日はお仕事、お休みでも大丈夫ですよ」

心配そうに覗き込むエステルに対して、にこりと笑うと
   「大丈夫ですよ。」
静かに笑う。

バッグをもぞもぞとしているエステルに、パウラが小耳でいう
「ケイトから連絡が入ってます・・・・・・ 速やかに戻るように、とのことです」
パウラのイヤーカフスにどうやらケイトからエステル宛に通信がはいったようだ。

「あ。ご、ごめんなさい,先にいってます。あの、マタイさん、いつも、 本当にありがとうございます。ハンカチ、出そうと思ったんですけど・・・
パウラさんから、もらってください。なんだか、目もはなも・・・」
というとエステルは、マタイをまっすぐに見つめてその澄んだ真っ青な瞳を
しばたかせて、走っていってしまった。

「くしゅん」
くしゃみをしながら、はなをすする。
はなみずとともに、涙が出てきた。その真っ赤な目元をこする。
そして、ゆっくりとマタイはベンチに座り込む。
そうだ、アレルギーの始まりは熱が少し出たりする。微熱があるような 気がしなくもない。だるい。はなみずのせいだ。
パウラは、スーツのポケットから、綺麗に折りたたまれ、アイロンがけ された麻の真っ白いハンカチを出す。
そして、「どうぞ」と無表情に言う。

「あとで、ケイトにお願いして、抗ヒスタミン剤を処方してもらいます」
「それは、どうも・・・・それよりも」
マタイはパウラの手にしたハンカチではなく彼女自身の手をとった。
しかし、パウラはハンカチを握ったまま、なにをいうわけでもなく 握ってきたその大きな骨っぽい指先から、自分の手をひき抜く。
女性にしては、少し大きい手がマタイの顔にふれ、その指先が頬に触れる。そして、
ハンカチを目元から、はなへと這わせ、その水っぽい体液をふき取る。

「泣くほど、辛いのね」
とにやり笑い、そして
「あとはご自分で」
と、空になったマタイの手にハンカチをしっかりと握らせ、 きびすをかえした。
エステルを追いかけるようにして足早でその場を立ち去る。
マタイの手には、すこし湿ったハンカチが残された。
大きな手のひらがパウラのハンカチを握り返す。
そして、触れられた頬を自分の手でそっとなでる。

「ヒスタミン剤って眠気がひどくなるんですよねえ」
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