新聞

安宿のやわらかすぎるスプリングに文句を言いながらも、
イオン・フォルトナはさっさと眠りについてしまった。

彼の13,4歳かと思われるやせた少年のような外見とは裏腹に、
ここ何年かで彼の心はすっかりと成長を遂げた。
この心と外見のアンバランスさは、長生種特有なのだが。

アベルは小さな手元のランプのちらちらとする
灯りをみながら、頬杖をつき、窓の外の
真っ暗な闇を眺めた。
街の繁華街からはずれたこの宿。
決して治安がよいとは言えないが
もう一つ路地を間違っていたら、おそらくスラム街だったであろう。

人通りもまばらな午前1時。

ギシリというベッドの音で目が覚めてしまい、
再び眠りに落ちるには時間がかかりそうだ。

夢をみていたのだ

  セイタカアワダチソウの黄色の影から、
  紅い髪。ツインテイルの少女がゆっくりとこちらを振り向き
  話しかける。
  まるで昔読んだ古い小説のような、そんなシュチエーションだ。

  そして彼女は言う
   「寒いね、アベル」

もう、本当に、ずいぶんと前の話だ。
本当に。

  そして、曖昧な記憶はツインテイルの紅い髪を
  おさまりのないくせ毛の小柄な少女になっている。
  真っ青な瞳の。

  そして、彼女は、言う
   「寒いね、アベル神父様」


そこで目が覚めて飛び起きれば、
イオン・フォルトナが寝返りをうちながら、
帝国語で寝言を言っていたのだ。

ああ、そういえば、以前もこんなことがあった
アベルは
ああ、私たちは共通の女性のために、こうして
いるのだ、と思わざるを得ないこの状況に、慄く。

イオン・フォルトナが帝国語で彼女に
話しかけるその言葉は
とても、情熱的で、彼の幼い外見とは裏腹に、
立派な一人の騎士なのだ。
そして、相変わらず、アベルは、自分の気持ちに
・・・・・・・・・・

わかってはいるのだ、だけど、誰か、誰でもいい、
許しを
いや許しを願うことすら、本当は・・・・

 イオン・フォルトナの寝言がまた聞こえる
ローマ共用語で語られている。

アベルはイオンの掛け布団を直し、そして、窓辺のテーブルの上にある
新聞に目を通した。
おそらく、イオン・フォルトナが買ってきたのだろう。
新聞の片隅にのっている、小さな、小さな記事に
目をむけた。
カメラの向こうで、ジュエリでうめつくされたクラウンを頭にのせ、
口元だけを上にあげて微笑む、久しぶりに見た
彼女は、以前、旅をしたときよりも、少しだけ、少女の危うさが抜け落ちたように
思えた。
アベルは、その新聞の小さな記事にそっと唇を落とし、そして、
イオン・フォルトナと同じ言葉でつぶやいた

  「エステルさん」