「目を開けて下さい」
冷たく乾いた声が響く。
水色の髪がパラパラと磨かれた椋のこげ茶色の床に広がっている。
パウラは、柘植のくしとはさみをトレーにおく
「うむ」
ペテロは鏡を見ずに、
「すまん。では、いってくる」というと、部屋を後にした。
右目に物貰いができて、少しまぶたが腫れたペテロを見て、
「少し前髪を切ったらいかがですか?ひどくなりますよ」
パウラは静かにいった。
「パウラがそういうのなら」
と、少し苦笑いをしながら、鏡の前にたった。
「座ってください」
真鍮の細工のある、縦長の鏡台の前には、銀のトレイとはさみ、柘植のくしが
おかれた。
黒に近い赤い色をしたベルベットが張られた丸い椅子にペテロは、軍服のまま座る。
2mある巨体ではあるが、こんなときのしぐさは貴族のそれだ。
パウラがなにもいわなくても、さりげなく身体をかがめ、髪を切りやすいように、小さくなる。
といっても、もともと、パウラの前では、叱られる生徒のように、こじんまりみえなくもない。
パウラは前髪にくしを通す。
さらさらとやわらかい髪がゆれる。はさみを持つ。
ものもらいに、髪がかからぬよう、そして、なるべく普段とそう変わらぬように、
さくさくと縦目にはさみをいれてゆく。
たいした時間はかからないが、パウラには、永遠のように思えなくもない時間が過ぎる。
努めて感情を出さぬよう、声をかけて、きり終えたことを告げる。
「はぁ」
小さくため息をつくと、緊張がとぎれたかのように、床にかがむ。
散らばった、髪をかき集め、手のひらに付いたペテロの一部を見つめて
「水色」
と、小さくつぶやいた。
2005.9.11