□ ひとり □
カテさま未練いっぱいトレスに慰めてもらう
「ひとり」
朝日がのぼるころ
ロストテクノロジーを駆使したこの部屋は
セキュリティも万全、虫の一匹ですら、入り込めない。
そして、いつも、忠実な機械化歩兵が私の後ろに必ず、いる。
こんなにも「安全」な中で生活しているのに。
長い廊下を駆け抜ける足音は、聞きなれた音。
ドアが乱雑にあけられて、
銀の髪の長躯がこんな夜なのにもかかわらず、
報告書を抱えて、走りこんでくる。
提出日と経費の請求日は今日なのだ。
私は、いつのもように、彼が夜遅くに必ず、書類を抱えて
走りこんでくるのを、約束のように待っている
「いらっしゃい」
まどろんでしまった。
室内の温度が下がっていた。ちょうど、サーモスタットが壊れかけていたのだ
人工的な青白い光だけが部屋を照らしていた。
そして、データを受信した電子音が、小さくなっていた。
私は寒い部屋と小さな音で目が覚めた。
かじかんだ指先を自分の口元へともってゆき、息を吹きかけて、手をこする。
あの日の夜は、違った。
花冷えのする夜だった気がする。
まぶしい紫外線の空が朝日に彩られてゆくのが、カーテン越しに見えるような
気がする。夜明けが始まる。
なのに、この部屋は、暗くて、闇で、夜のままだ
低い天井で、青白い人工的な光だけだ。
すみません、カテリーナさん。
私は・・・・・・・・・・・・
あのあと、彼はなんといったのだろうか
なんと言って、あの執務室を夜遅く、出て行ったのだろうか。
同じ夜のはずなのに
「ミラノ公」
抑揚のない声が背中からかかる。
落ちたブランケットを拾い上げ、肩にかけられた。
私はいすを回すと、彼を見上げた。
二つの電子音が重なる。
データ受信の音と、私を呼ぶ音
「寝室でもう少し睡眠をとることを推奨する」
ああ、そうだ、彼は「魔術師」に呼ばれて、昨日の夜から、出かけていたのだ
青白い人工的な光のなか薄ぼんやりとオレンジブラウンの
あかりが見える。
視覚センサが働いている音は、いつもと変わらない。
小さな羽音のようだ。
かじかんだ指先で受信音を切ると、6時間ぶりにみる彼の瞳を見つめた。
「いつ、帰ってきたの?」
私は、いすから立ち上がると、彼の頬に触れた。
「2時間ほど前だ」
抑揚のない声は続く
「卿が、あまりにもよく眠っていたので、起こせずにいた、だがさすがに、
夜明前は、室内の気温も低下する・・・」
彼はずっとこの位置で佇んでいたのだろうか。
まどろんでいた私を起こさずに。
やわらかいカシミアのブランケットが肩から落ちるぬよう、
しっかりとつかむ。
「ねえ、トレス、私は・・・・・ひとりなのかしら」
私のかぢかんだ手は、トレスの人工的な皮膚の体温よりも
ずっと冷たい。
そして、彼の体温とは違い、凍りつきそうな言葉が紡がれるのを待つ。
「肯定」
はっきりと聞こえた言葉
「ひとりだといえる。
なぜなら俺は機械であるから、一体と数える。
だから、その点では、ひとりではないのだろうか。
しかし、俺はここにいる。」
トレスは、すこし間を置いて言う
「だから、ひとりではない」
2005/12/30