□ コート □
クリスマスまであとわずか。
校舎には、もう殆ど人はいない。残っているのは、物好きばかりだ。
学校も今日で終わり。
クリスマスと新年は、小旅行へと出かけるケイトは、
一年の感謝を述べにここへときた。
ウィリアムはついまし方、だれかに呼ばれたようだ。
ケイトは彼のいなくなった部屋でもう少しだけ、温まってから
帰ろうと思った。
ストーブの赤い炎。
やかんが音を立てている。
「レディ?」
声がかかる。
衣擦れの音もなく、彼は入室してきた。
キャメルのコート。カシミアの上品なマフラーに革の手袋。
外の冷気で眼鏡が曇る。
「アイザック先生」
ケイトの声が弾む。
「眼鏡曇っていますわ」にっこりと笑う。
アイザックは、眼鏡を外し、ポケットからハンカチを出してふき取る。
そのしぐさを見ながら、ケイトは改めて彼の瞳を覗き込む。
伏せ目がちに眼鏡を手入れしているので、その輝きはわからない。
眼鏡をかけなおし、マフラーをはずすと、アイザックはポケットを
ごそごそとしだした。
しかし、革の手袋がごわごわという。
手袋も取り、ポケットからチョコレートを出す。
「新作ですよ」
キャラメル味のチョコレートは以前、ケイトがほしがっていたものだ。
チョコレートを受け取ったときに、触れた指先。
アイザックの指先は、手袋をしていたのにも
かかわらず、凍るように冷たい。
その手にびっくりしたケイトはチョコレートとともに、思わず、その手を握り、
ストーブの前へといざなう。
「冷たいわ。痛いくらいに」
さっきまで、眼鏡をはずした彼の瞳を熱心に見ていたはずなのに。
自分の行為にびっくりして、ケイトは思わず、伏せ目がちにアイザックのその
凍りついた手先を眺めた。
ストーブの前で、彼は彼女に恥をかかせまいと、何事もなかったように
コートを脱ごうとした。
「あ。ボタン」
「ああ、さっき、引っ掛けてしまいました」
アイザックはそいうと
「つけてくれますか、レディ」
伏せ目がちの彼女の長い睫を見ながら、アイザックは、お願いをした。
手渡されたコートには、シガリロの匂いと、外の冷たさと、彼の体温が少しだけ残っていた。
2005/12/20